八雲琴とわたし - その3

話が長くなりますが、もう一つお付き合いください。

八雲琴のエピソードでもう一つ、忘れられないものがあります。

2013年3月20日の岡山県の石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社での奉納演奏です。

八雲琴演奏後

この時もお正月にふとこのお社でお琴を弾きたいと思い、知り合いの総代さんを通じて神社にお願いをしました。

ここで弾くのはひふみ祝詞と思っていました。私の作曲です。

ひふみ祝詞

ひふみよいむなやこのと もちろらねしきるゆいつわぬそおた

はくめかうをえにさりへての ますあせゑほれけん

しかし、どうも違うのです。八雲琴の江戸時代の譜面には天の数歌(あめのかずうた)という曲があります。

天の数歌

ひとふたみよいつむななやここのたりや

ひとふたみよいつむななやここのたりや

ひとふたみよいつむななやここのたり ももちよろず

ふるへゆらゆら ふるへゆらゆら

どうやら数歌を演奏するほうがいいように思いました。それではとたまたま以前に八雲琴の師匠であられる近藤先生からお借りした本のコピーがあるはずと探してみると、出てきました!

それを奉納すればいいと思っていたのですが、

そう簡単にはいきませんでした。

何しろ譜面は文字だけで、メロディーがイメージできません。

本番1週間前になっても曲にならず、

自作のひふみ祝詞を演奏しようかと諦めかけていた時に

ふと気が付くとお琴の上に天鈿女命(あめのうずめのみこと)が後ろ向きで現れ

天の数歌が大祓のための曲であること

をお姿を現してくれただけで教えてくださいました。

そんなことがあって、わたしは本番でこの曲を弾くことができたのでした。

いつも新しい曲ができると主人に聞いてもらっていたのですが、

この時はそんな時間もなく、本番で初めてこの曲を聞いた主人は、

「こんな曲だったの~」と言っていました。

舞は神楽鈴を持っての天と地の清めの舞でした。

奉納演奏を無事に終え、演奏後にいつも感じるすがすがしい気持ちに加えて、改めて私はこのお琴の大切さを感じざるを得ませんでした。

八雲琴。。。

不思議なお琴です。

今日も最後までお付き合いくださいまして、有難うございました。

八雲琴とわたし - その2

八雲琴はとても不思議なお琴です。

今までにいろいろな不思議なことがありましたが、八雲琴とわたしの出会いのエピソードをお話しさせていただきます。

15年ほど前、当時わたしは夫の転勤で愛媛県西条市に住んでいました。石鎚山の麓で水が豊かでおいしいので有名なところです。最初は単身赴任を考えていたのですが、転勤先が四国と聞いて思わず「一緒に行く!!」と言ってついていったのでした。

引越しして落ち着いたころ、近くに13弦のお琴の教室があるのを見つけて、入門しました。ホツマツタヱのアワ歌に伴奏を付けたかったからです。3か月くらいで六段の調べが弾けるようになってもアワ歌の伴奏は一向に進みませんでした。

そんなある日、確か言魂についてネットサーフしていたところ、八雲琴というお琴があることを知りました。その晩ヤフオクになんとそのお琴が出品されているのを見つけ落札しました。届いたのはボロボロのお琴でした。

私はすぐにネットでこのお琴を修復してくれるところを探したところ、今日とにただ1件八雲琴の製造をしている職人さんがいることを見つけて、すぐに電話しました。すると奥様が出てこられて、話しているうちに私が愛媛県西条市に住んでいるのを知り、とても喜ばれて、何かと思ったら、奥様はご出身が西条市の隣の新居浜市だったということで、快く引き受けてくださいました。それで私は早速お琴を持って京都に伺いました。

とても古い町並みの一角にありました。奥様が出ていらして、「実はあの後主人に叱られました。一見さんはお断りするように言われていたんです。」と言われました。するとご主人が出ていらして、はるばる愛媛から出てきたので追い返すわけにもいかずしぶしぶ「こういうお琴なので、修復には時間がかかります。3年くらい考えていてください。」と言われました。私はちょうど龍笛も練習したいと思っていたので、お琴が届くまでの間に龍笛を練習すればいいかと思い、「はい、わかりました。お願いします。」と言って帰りました。

3か月たったある日、「お琴の修理が出来ました。」と連絡が入りました。3年と言っていたのに??と不思議に思いましたが、急いで引き取りに行きました。そこにはあのぼろぼろのお琴が見事によみがえっていました。3年かかるはずが3か月で戻ってきてくれました。

八雲琴

八雲琴を演奏するのに必要なものを一式そろえて帰りましたが、さてどうやって弾くのかさっぱりわかりません。ネットで八雲琴を検索していると、江戸時代に復元した中山琴主の生まれ故郷が四国中央市でそこに八雲琴の資料館があるのがわかりました。近くには八雲神社もあります。資料館に行けば何か手がかりがわかるだろうと週末に行くことにしました。

ところがその日、朝から頭痛が出て寝込んでしまいました。せっかく手がかりをつかめると思っていたのに・・・と思っていると、お昼過ぎにピタッと頭痛が止まってしまったのです。この時間なら十分行けると思ってまずは八雲神社にお参りをしてから資料館に行くことにしました。

八雲神社で手水していると何やらお琴の音が・・・、振り返ってお社の方を見てみると巫女装束をつけた子供が6人くらい、八雲琴を弾いているではありませんか・・・

あっ、八雲琴がこんなにたくさん・・・

と思ってのぞき込んでいると、中からひとりの女性がでていらして「どうかなさいましたか?」と聞かれるので、今までのいきさつを話しました。すると「どうぞお上がりください」といって、八雲琴の演奏を間近で聞かせてくださいました。私は感激してしまって、「入門させてください!!」と言うと快く受けてくださって、翌週からお稽古に通うことになりました。この女性が近藤先生と言って八雲神社の元宮司さまで、八雲琴の研究を熱心にされていらっしゃる方でした。私の大大大好きな先生です!

後でわかったことですが、その日はたまたま文化祭のリハーサルをするために集まっていたそうで、私が午前中に頭痛がでて出かけるのが遅れたために出会えたのでした。

翌週、意気揚々とお稽古に向かい、手ほどきを受けて帰る途中の車の中でふと、「アワ歌に伴奏が付けられる」と思いました。家に帰って早速習いたてのお琴を弾いてみると、、、今まで歌っていた音程のまま、いきなり八雲琴の伴奏がついたのでした。!!

そして、このお琴のことを調べていると「八雲琴の調べー神話とその心」窪田英樹著にこのお琴を作らせた神がオオタタネコノミコトだということが書かれていて、それを読んだ私は髪が総立ちになるくらい驚いたのでした。なぜ??

私が初めてホツマツタヱに出会ったのが10数年前。

そこに書かれているアワの歌を歌い出したのが5年くらい前。

そして今八雲琴に出会ってアワの歌に伴奏を付けて歌っている。

その八雲琴はオオタタネコノミコトが中山琴主に作らせたお琴。

そして

オオタタネコノミコトはなんとホツマツタヱの編纂者!!!

ホツマツタヱーアワの歌ー八雲琴が一本の線で繋がった瞬間だったのでした。

このお琴を大切に大切に弾いていこうと決心した瞬間でした。

長い文章をお付き合いくださって、有難うございました。

このお琴にはいろいろなエピソードがあるのですが、もう一つ大切なエピソードがあるので次回お伝えしますね。

八雲琴とわたし ー その1

私は今から10数年前に八雲琴というお琴に出会いました。

八雲琴は江戸時代に四国に住む中山琴主が杵築大社(今の出雲大社)に

参篭した時に神がかって作ったと言われる二弦琴です。

もとは須佐之男命が大国主命に授けた天の沼琴(あめのぬごと)だと

言われています。

八雲琴演奏 ~みさかえ~

わたしは

20数年まえにホツマツタヱという古文書に出会い

15年くらい前に鳥居礼さんの「言霊ーホツマ」を読んで

一気に理解が進み

そこに出てくる「あわのうた」を声を出して読んでいるうちに

自然に曲が付き

お琴の伴奏が欲しいと思って

13弦のお琴を習いましたが???何か違う・・・

そんな時、グーグルで「八雲琴」というものがあるのを知り

その夜、ヤフオクに出品されているのを発見し落札。

届いたものがボロボロだったので

日本にただ一人、京都で八雲琴を製造・修復をしているという方を訪ね

3か月後に修復していただいたお琴を受け取る

が、演奏方法がわからない。。。

と、思っていると四国中央市に八雲神社があり、元宮司の方が

子供たちを集めて教えていることを知り、即入門。

弾き方を習った帰り道で、「あわのうた」に伴奏が付けられると思い

家に帰って弾いてみると。。。

なんといっぺんで弾けたのでした!!

あわのうたはこうしてその時のまま、いまも歌い続けているのでした。

ある日、「八雲琴の調べー神話とその心」窪田英樹著に

このお琴を復元した中山琴主がチャネリングしていた相手が

大田田根子命(おおたたねこのみこと)だと書いてあるのを見つけて

わたしの髪は総立ちになったのです!!

えっ、なんですって!!!!!

ホツマツタヱの作者は大田田根子命

20数年かけて・・・

ホツマツタヱ - あわのうた - 八雲琴

と1本の糸で繋がった瞬間だったのでした━━━(゚o゚〃)━━━!!!

偶然の出会いが生み出した不思議なご縁でした。

私はこのお琴を弾くことに使命を感じ

丁寧に弾いていくことを心に誓ったのでした。