この際、すっぴんはいかが?

コロナ騒ぎが収まりません。いつ収まるかもわかりません。

それなら、どんどん生活様式を変えていくしかありませんね。今の状況で過ごしやすいように変えていきましょう。

その一つがすっぴん。

むり〜って事はないです。私、もうすでに3週間お化粧なしです。マスクも汚れないし、快適です。さすがに眉毛だけは書いていますが・・・汗

確かにお化粧しない時に比べたら、エッという気持ちはありますが、慣れてしまえば元々の自分の顔です。どうせマスクで半分隠れていますし・・・

そもそもファンデーションとかって、かなり肌に負担をかけているそうですよ。

コロナをきっかけにすっぴんで過ごしましょう!みんなですっぴん美人になりましょう!

お化粧にお金と時間をかけるのなら、サプリメントや素肌を綺麗にするパック、安全な食料などにお金と時間をかけた方がよっぽどいいと思いませんか?

今までずっとお化粧してきたので、見慣れたお化粧している顔が当たり前になっているだけです。それをお化粧しない顔を当たり前にするだけです。

では、すっぴんにオススメの美容法は何かと言うと。。。

私のオススメはお湯を飲む事。これは肌だけでなく体全体にいい事なので、ぜひ知っておいていただきたい事です。

皆さんは水分をとっていますか?その水分は身体に吸収される水分か考えた事はありますか?コーヒーやお茶やジュースは身体に吸収されない水分なのです。

身体に吸収される水分とは50度前後の温度の白湯です。私は主人から言われて初めは面倒臭いと思っていたのですが、やらないとうるさいので付き合っていたら、1週間ほどで肌が変わってきました。それで私自身がやめられなくなってしまったのです。

簡単に説明しますと、飲んだ水分は胃を通って肝臓に行きます。肝臓ではまず入ってきたものを40度から50度に温めて分解します。ここが大切なんです。私たちは夏、暑いからと氷の入ったジュースなどを飲みますが、肝臓は必死に冷たいジュースを40度まで上げているのです。肝臓にとっては負担がかかっているんです。とても体力を使うんですね。そこで初めから身体に負担がないように、夏でも40度の白湯を飲むわけです。

冷えひえのジュースを飲んでも喉の乾きが収まらないですよね。これは身体に吸収されていないからです。よくスポーツの選手で水分をとっているのに、冷たいものなので、吸収されず、脱水症状を起こすのを見かけますが、知らないという事は残念な事です。

もうかれこれ5年以上やっていますが、シワがほとんどなくなりました。洗顔後何もつけなくても、ピリピリしたりしません。こんなに安くて効果がある美容法はないです。是非お試しください。

シワが気になる方に特別にもう一つとっておきの美容法を教えますね。

それは蒸しタオルです。温めたタオルを固く絞って顔に当てます。2、3回やると顔のシワが伸びる感覚があります。私は化粧水や美容液を塗ってから蒸しタオルをしていました。過去形なのは、今は美容液を使っていないので、家にないのです。乾燥肌の人は乳液やクリームをつけて蒸しタオルするのもいいです。

やり方はタオルに熱湯をかけ、厚手のゴム手袋をして、しっかり絞ります。タオルを広げて火傷しないくらいに温度を下げてから顔に当てます。火傷しないように気をつけてくださいね。温度設定ができる湯沸かし器なら、70度くらいに設定したお湯を使うといいです。この時も絞っていきなり顔に当てないでくださいね。必ず冷ましてから顔に当ててください。

大和なでしこは綺麗でなくてはいけません。それもお化粧で綺麗にするのではなく、自分の本来持っている美しさで綺麗になりましょう。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

自分を取り戻す方法

今日、友人が訪ねてきたので、パスタランチをしました。私、パスタは得意なのですが、今日のはちょっと塩味が足りなかったかな???

夏野菜のサラダパスタですが、茄子だけはオリーブオイルでトロッとするまで炒めました。

サラダはヨーグルトとマヨネーズとレモンであえて、

スープは缶詰のコーンをブレンダーにかけて。。。超簡単レシピでした!!

最初はうちの神棚をみて神社の話になったのですが、スペシャルティコーヒーを入れて場所を移してケーキを食べたところから、友人のすご〜いお話が始まりました。

彼女は私と同じに面倒くさがりやだったそうです。私は面倒くさいけれど頑張って、とにかくどうにかこなしていたのですが、彼女は違いました。彼女が違った理由は

完全ひきこもり、完全やりたくないことはやらないを実践したこと

その期間は半年近く続いたそうです。

続けられた環境も素晴らしいと思ったら、まさに彼女の気づきの一つがそれだったそうです。ご主人と子供を送り出すとさっさとパジャマに着替えてカーテン閉めて寝たそうです。DVDを好きなだけ見て、、、でもみんなが帰ってくるのに、食事の支度するのが嫌だったので、何もしなかったら、それを見たご主人が「じゃぁ、お弁当買ってくるね」と言ってくれたそうです。

それで彼女は最初の気づきがありました。私が食事の支度をしなくてもちゃんとご飯食べられる。誰も文句も言わない。無理にしなくてもわかってくれる人たちがいる。やらなくても私の存在を認めてくれる人がいる。今までは外のばかり何かを求めていたけれど、一番居心地のいいところは我が家だったんだと。。。なんと素敵な気づき!!

そして、徐々にやりたい事をやり始めるとだんだん楽しくなってきて、おしゃれもしたくなり、外にも出て行くのが楽しくなり、そうしているうちに掃除も洗濯も普通にできるようになっていったのだそうです。

私も薄々それに気がついて自分の気持ちに従おうと一日好きな事をして過ごそうと思ったのですが、何をやろうか戸惑ってしまい、罪悪感を抱えながら、翌日になったら逆にホッとしてまた頑張り始めていました。完全に逆戻りです。^^; でも、彼女は徹底的にやったんですね。すごい勇気です。と言うと彼女いわく

頑張るのは簡単だけれど、頑張らないことはとても難しい

名言です!!私は頑張っていると言って、全く自分の声を無視していました。そして頭痛がすれば薬を飲んでまた頑張りました。彼女いわくこう言う生活は少しずつ身体に負担をかけてその負担は徐々に溜まっていき、ある時ドカンとくるのだそうです。

だから頭痛がしたら、熱が出たら、だるかったら身体の要求を聞いて休みましょう。

彼女の名言はもう一つあります。明日のブログで書きますね。

長くなったので、今日はこの辺で。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

神道は宗教?

皆さんは神道を宗教ととらえていますか?

Wikipediaでは

一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり、また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。

とあります。あまり私にはあまりしっくりきません。私たちが宗教を考える時、必ず教祖はだれ?と思いますよね。つまり教祖がいるのが宗教と考えられます。また、新興宗教をいわゆる宗教と考えることもできます。

神道は天照大御神をはじめとするたくさんの神々と太陽、月、星、山、自然、現象、、、取り上げたらキリがないくらいたくさんのものを対象に拝んでいます。私も初めてこうやって文章にしていますが、改めてその対象の多さに驚きました。

こうしてありとあらゆる「もの」や「こと」に神性を見出して拝んでいるのが神道です。この考え方の素晴らしいのは排他的にならないことです。一神教だったら、その他の神を排斥しようとしますが、神道にはそれがありません。これを宗教と言えるのでしょうか?

ある政治家が昭和天皇が崩御された時に「葬式は宗教行事だから参列しない」と言ったり、学校で「神社に参拝するのは宗教儀式だからやらない」と言っているのを聞いていると何を考えているんだろう?と思ってしまうのです。

日本は天皇が国を守るために毎朝祈りを捧げている唯一の国です。その天皇が崩御されたら国民が哀悼の祈りを捧げて何が悪いでしょうか?それは政治を超えた常識の部分だと感じます。

そして、戦前は当たり前に朝日を拝み夕日を拝み、何かあれば神社に御礼にお参りをしていたのです。それは日本人としての習慣であり、親から子へ当たり前に継がれていきました。それが戦争で神道を利用され、誤解が生じたのもあるのですが、神道への偏見が芽生えました。そして今では学校で祈るという大切な行為でさえ宗教と捉えて教育しなくなってしまったのは残念でなりません。

また、西洋の文化が入り込み、華やかな西洋文化に目を奪われました。そして日本の華やかとは言えないが清らかな優美な文化は忘れさられていってしまったのでした。

これは霊主体従から体主霊従への変化を意味します。どういうことかと言いますと、日本人が元来持っている八百万の神々への感謝を持つ意識は見えないものにも意識して感謝するという事ですが、それが見えるものだけを大切にする意識に変わっていったという事です。これが資本主義の典型的な考え方でもあるのですが、お金や物を持っていることがいいという意識に変わっていったというとわかりやすいかもしれません。

なにごとの おわしますかは 知らねども

かたじけなさに 涙こぼるる

これは西行法師が詠んだ歌ですが、私も思わず「そうだよね〜!」と頷いてしまうような句です。この見事な歌に私がここで言いたいことの全てが入っていると言っても過言ではありません。

使い捨てを平気で行い、他人事に目を奪われて我を忘れてしまったり、目先の利益のために全体の事を考えずに行動したり、、、これらは自分の目の前のことに感謝する気持ちがなくなったことから生まれてきます。感謝という気持ちを常に持っていれば、使い捨ては出来ず、他人にも気遣いや優しい気持ちが持て、目先のことに走らず、常に今やっていることの結果を考えて行動できるはずです。今の生活の中で一つでも気が付いて感謝する行動ができたら、とても大きな変化になっていくはずです。

他人が見ていようがいなかろうが、常に神と共に生きていると信じていれば、常に感謝の気持ちを持つことができ、傲慢や身勝手な行動がなくなっていくでしょう。

コロナ騒ぎで日本は緊急事態宣言が発令されました。それで何が起きたかというと、宇宙から見た地球の大気が綺麗になったのがわかったそうです。2ヶ月間自粛しただけで、大気が綺麗になったのなら、何とかこの状態を保つために、今までの生活を考えるべきではないでしょうか?何が私たちに出来るのかこの機会に考えてみてください。みんなが一つでも気が付いたら、日本だけでも1億の気づきが生まれます。これはとても大きな気づきです。その気づきのあとに何があるのかはまだわかりませんが、きっと次の世代の礎になると思います。

この気づきはもともと感謝する事を生活の中に持っていた日本人だからこそ必要なのです。私達が古代から根底に持っているこの感謝という生活様式を復活させる事で、資本主義から次の新しい文化へ移行していけるのだと思います。

うまく表現できなくて、わかりにくいかもしれませんが、最後まで読んでくださって有難うございました。

ごみの出し方について一考

ゴミステーションにゴミを出しに行くと「どんなものかな」という捨て方をされている人を見うけます。捨てたものに責任がないと思っているのでしょうか?

我が家はもう20年以上の間、可燃ごみは20lの袋に週1回出すだけです。これももう少し減らしたいと思って、いろいろ努力しているのですが、これから先がなかなか減りません。せめてその半分の週1回10lにしたいのですが。。。

ゴミは行政でも頭を抱える課題です。どうやったらゴミを少なくできるか?どうやったら燃焼によって排出される有害物を減らすことができるか?

数値だけを減らすという取り組みには限界があります。

企業への協力は当然となってきましたが、私はやはり一戸一戸の家庭から出るごみを減らすことが環境への最大の貢献だと思っています。企業は個人の集まりで成り立っています。その個人が家庭でゴミを捨て放題に捨てていたら、その発想は必ず企業へ反映されていきます。

家庭から出すごみを最小限にすれば、家庭で努力している人が集まる企業では必ず排出が減るはずです。

ではどうしたらいいでしょうか?

ごみ

わたしは長年ゼロエミッションを自分に掲げてきました。少しその取り組みの内容を説明しますね。

生ごみはコンポストに捨ててゴミを出しません。マンションの時は生ごみ乾燥機を使っていました。乾燥後のごみは再加工する以外はゴミとして出すことをお勧めします。ベランダの植物の肥料にしようとしたら、においが強くて大失敗した経験があります。

今では当たり前になりつつありますがエコバッグを使います。私のエコバッグ歴は20年ほどになります。捨てるのがイヤで何でも貯めていて、レジ袋もきれいに畳んで何かに使おうと思っていました。ところが引越しをすることになって家中を整理していると、その再利用待ちのレジ袋が段ボール1箱にもなっていたのです。それでエコバックを持つようになりました。

資源ごみは新聞紙、雑誌、段ボールだけではありません。カレールーのパッケージ、お菓子の箱、DM、梱包材、封筒、コピー用紙なども全部資源ごみです。ビニールやプラスチックがついている場合はその部分を取って紙だけにして出します。衣類は資源ゴミです。

例えば新聞紙で包まれてきたものは、中身を取り出した後、新聞紙を伸ばして畳んで資源ごみに出します。封筒も済んだカレンダーもお菓子の箱も、包装紙も資源ゴミです。紙袋の取っ手のプラスチックの部分は取り外して資源ゴミです。

こうしていると捨てるものはティッシュや汚れた紙類、汚れたビニールだけになります。食品で汚れた袋も洗って捨てます。それなのでゴミ箱が臭うこともありません。

先日驚くような光景を見ました。若い奥様なのですが、プラスチックごみの収集の時に袋の中のカップラーメンに割りばしが入ったまま捨てているではありませんか。こんな状態ですから、洗っていないのは想像がつきますが、割りばしは少なくとも可燃ごみに捨てるべきものです。

最近特にこういう発想の人が多くなったように思います。家の外に出してしまえば自分とは関係ないと思っているのでしょうか?自分がイヤな思いをするのではないからいいと思っているのでしょうか?一戸だけ反則したっていいじゃないかと思っているのでしょうか?なんとも自分勝手な考え方です。がっかりさせられます。

大和なでしこのみなさん、わたしからの提案です。今出しているごみを半分にする努力を私と一緒にしませんか?最初はちょっと面倒ですが、慣れてくると当たり前の作業になります。一人一人が努力をしたら、必ずその人の周りからだんだん広がっていくはずです。いいインフルエンサーになりましょう!!

ソックス繕い

穴が開いたソックスを見つけました。

いつもなら捨てていたソックスですが、考えてみるともう片方は穴が開いていないんですよね。それなのに捨ててしまうのは如何なものかと思い繕うことにしました。

単純に縫い目を合わせて縫うのでもOKですが、今回はあて布をしてみることにしました。それの方が、歩いた時に違和感がないと思ったからです。

コロナでこれからの経済社会は大きく変わります。こんなささやかなことからも気持ちが変わっていくと思います。もう使い捨ての時代は古いです。これからは昔と同じ使いきる時代です。それが資源を大切にすることに繋がります。

繕って使うことは恥ずかしい事でも貧しさの表れでもなく、これからは使いきることへの勲章だと思います。勲章なら敢えて見えるように、わかるように繕いたいと思いました。繕っていることを楽しみたいと思いました。

わたしは手芸が得意ではないので、下手ではありますが、動画を撮ってみました。

みなさまの気持ちの転換のお役に立てればいいと思っています。

今日も最後までお読みいただき、有難うございました。